広島地方裁判所 昭和28年(ワ)555号 判決 1955年7月30日
原告 日本電気産業労働組合
被告 中国電力株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
双方訴訟代理人のなした申立、主張、その提出援用した証拠方法は次のとおりである。
第一、請求の趣旨
(一) 「被告会社は原告組合に対して別紙目録表示の者がいずれも被告会社の従業員たる身分を有しないことを確認する。」
(二) 仮りに(一)の請求が理由なきときは、「被告会社は原告組合との関係に於て、別紙目録表示の各従業員に対してそれぞれ法定の手続に従い解雇の意思表示をなせ。」
(三) 「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
第二、請求の原因
(A) 主たる請求
(1) 原告組合は電気事業に従事する労働者で組織する全国単一組織の労働組合であり、被告会社は中国五県を供給区域として電気事業、電気機械器具の製造販売並びにこれに附帯関連する事業を営むことを目的とする株式会社である。
(2) 原告組合は昭和二十七年十二月十八日、被告会社を含む全国九電力会社(以下単に各電力会社と略称する)及び電気事業連合会(以下単に電連と略称する)との間にこれらと対等の立場に立つて、相互の基本的な権利及び義務を尊重しその合理的な調整を図り、且つ従業員の労働条件その他待遇に関する基準を定めるため労働協約を締結した。この労働協約の有効期間は六ケ月と定められていたけれども、右労働協約第三十六条にこの協約の全部又は一部の改訂の申入れがあり交渉が続行されている間は三ケ月を限りこの協約の効力を延長するものとする旨の定めがあつたところ、原告組合は右協約の有効期間内である昭和二十八年五月十八日に書面を以て、協約中の異動及び休職関係の規定について改訂案を明示して改訂の申入れをなし爾後交渉が三ケ月を超えて続行せられたので、同協約は同年六月十八日以降三ケ月間その効力を延長せられ、同年九月十八日まで効力を有ることになつたものである。
(3) しかしてこの労働協約は第四条において「会社は従業員であつて組合に加入しない者、組合を脱退した者及び組合から除名された者はこれを解雇する」と規定している。この規定は、いわゆるユニオンショップ制を設定する趣旨を宣告したものであつて、右条項の趣旨は、従業員であつて組合に加入しないとき又は組合員が組合を脱退し又は除名されたときは何らの意思表示を要せず当然に被告会社の従業員たる身分を喪失するというにあるものである。
(4) ところで、別紙目録記載の岸田悟他十七名の者(以下単に本件脱退者と略称する)は従来原告組合の組合員であつたが、右労働協約の有効期間である昭和二十八年八月二十九日それぞれ右組合を脱退した。その経緯は次の通りである。即ち、原告組合の組合規約第七十一条乃至第七十四条に、この組合から脱退したいときはそのこととその理由を中央執行委員長に申出づべく、同委員長はこの申出を中央執行委員会の議に付し同委員会においてこれを承認したとき脱退の効力を生ずる旨、及び中央執行委員会は脱退に関する権限の一部を下の執行委員会に委せることができる旨定められているところ。
(イ) 岸田悟他十七名の者は各別に同目録記載の日に「今般中国電力労働組合に加入しますので脱退します」旨理由を記載した脱退届を原告組合中央執行委員長宛に提出した。
(ロ) 中央執行委員長は原告組合の第三回中央執行委員会を開催し、下部機関である中国地方執行委員会に対し、権限委譲の範囲を企業別組合等を理由に電産より脱退するものと制限し、脱退に関する権限の一部を委譲した。
(ハ) 中国地方執行委員会は同年八月二十九日第四回執行委会員に於て審議の上右委譲された権限に基いて、前記の者達の脱退を承認し、これを中国地方本部情報(中国アサヒギク第一二二号)を以て、本件脱退者及び傘下組合員に公表告知した。
(5) 従つて、本件脱退者は昭和二十八年八月二十九日原告組合を脱退したのであるから、労働協約第四条により改めて被告会社が脱退者等に対して解雇の意思表示をすることを要せずして、同人等が原告組合を脱退すると同時に被告会社の従業員たる身分を喪失するに至り、且その関係は現在も尚存続する。
(6) そこで原告組合は昭和二十八年九月二日被告会社に対し本件脱退者を被告会社の従業員として待遇することを廃止するよう求めたが、被告会社はこれに応ぜず、依然としてこれらの者を雇傭している、従つて原告組合は被告会社に対し、これらの者が被告会社の従業員たる身分を喪失し雇傭関係が不存在であることの確認を求める。
(B) 予備的請求
(1) 仮りに右労働協約第四条の規定の趣旨が、従業員が組合に加入しない場合組合員の除名せられ又は脱退した場合において当該従業員又は組合員が当然に被告会社の従業員たる身分を喪失するというのではないとすれば右協約の規定の趣旨は被告会社が原告組合に対し組合不加入者非除名者又は脱退者を直ちに解雇すべき債務を負担するというにあるから、被告会社は右規定に基づいて原告組合に対して本件脱退者を直ちに解雇すべき債務を負担しているものである。
(2) そこで原告組合は昭和二十八年九月二日被告会社に対し右脱退者につき法定の手続に従い解雇措置を講ずるよう請求したが、被告会社はこれに応じてこれらの者に対して解雇の意思表示をしようとしない。
(3) 前述の如く右協約の有効期間は同年九月十八日を以て満了し、その後は無協約となつたとはいえ、協約有効期間中に一旦発生した解雇義務は何等影響を受けるべき筈がない。
そこで原告組合は被告会社に対し右脱退者等に対して法定の手続に従つて解雇の意思表示をなすべきことを求める。
第三、請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨の判決を求める。
第四、請求の原因に対する答弁
一、原告の主張に対する答弁
(1) 認否
原告組合が原告主張のような労働組合であり、被告会社が原告主張の如き事業を営むことを目的とする株式会社であること、昭和二十七年十二月十八日原告組合が被告会社を含む原告主張の九会社及び電連との間に労働協約を締結したこと、右協約の有効期間が六ケ月と定められており且つ原告主張のような期間延長の定めがあつたこと、右協約第四条に原告主張のような文言の規定があること、原告組合の組合規約に脱退に関しその主張のような規定のあること、本件脱退者が、従来は、原告組合の組合員であつたが、それぞれ原告主張の日時にその主張する方式の脱退届を原告組合中央執行委員長宛に提出したこと、原告組合が昭和二十八年九月二日被告会社に対して本件脱退者を被告会社の従業員として待遇することを廃止するよう求めたが被告会社がこれに応ぜず依然としてこれらの者を雇傭していること、原告組合が昭和二十八年九月二日被告会社に対し本件脱退者に対する法定手続に従う解雇の措置を講ずるよう請求したが被告会社がこれに応じないことを認め、その余の原告主張事実はいずれも否認する。
(2) 補述
原告は本協約の有効期間は同協約第三十六条の規定により昭和二十八年九月十八日迄延長したと主張するが同年六月十八日当時、原被告間に於ては既に客観的に協約を推持し難い事情にあつた。そこで被告会社は他の各会社及び電連と連名で昭和二十八年五月十五日原告組合に対し、「爾後統一労働協約を締結する意思はなく、既存の労働協約を有効期間経過後に於て存続させる意思のないこと」を通告し、原告側の改訂申入を拒否した。もつとも被告会社は原告組合に対し先の通告に合せて、「今後各会社としては個別的にそれぞれ会社の実態に即した労働協約について誠意を以て交渉を進める用意がある」旨通告してはいるが、これは統一労働協約の改訂交渉に応ずることを意味するものではない。従つて、協約第三十六条の延長規定が、もともと労使関係を安定させるため可及的な無協約状態を回避する趣旨で設けられたものであるとはいえ、前記の如く当事者の一方のみが協約を締結する意思を有して改訂の申入をしても相手方が全く之に応ずる意思がない本件のような場合には、延長規定に定める「交渉が続行している間」とは解せられないから右規定の適用はなく、同協約は三ケ月間延長されることなく六月十八日の経過と共に失効したものである。
二、抗弁
(一) (イ) 原告組合はその請求原因中に於て、中央執行委員長は原告組合の第三回中央執行委員会を開催し下部機関である中国地方執行委員会に対し権限の一部を委譲した旨主張しているが、原告組合の規約には中央執行委員会は加入或いは脱退に関する権限の一部を下の執行委員会に委任することができる旨定められているから、認められた権限の委任はその一部であつて包括委任であつてはならないところ中国地方執行委員会の受けた委任の範囲は「企業別組合加入等を理由に電産より脱退するもの」というのであつて、脱退の承認不承認については何等の制限のない包括的委任であり、右規約に反するから委任の効力がない。従つて中国地方執行委員会は権限がなくて脱退を承認したことになり何等の効力を発生しない。
(ロ) 仮りに右権限の委任が適式になされておつても、本件脱退者は原告組合に対して原告組合規約第七十三条の定めるところに従い「今般中国電力労働組合に加入致しますので脱退します」という脱退理由を明示して脱退の意思表示をし、原告組合は、これを承認したのであるから、右脱退を理由あるものと認めたものと言はなければならない。しかるに右訴外人等が加入せんとする中国電力労働組合は、被告会社に雇傭されている労働者という制限内で組織する組合であるから、訴外人等がそれに加入することを認めたのは訴外人等が被告会社の従業員である地位に変化のないことを確認したこととなり原告組合は本件脱退者に対してその解雇請求権を放棄したことになる。
(二) 仮に然らずとするも、本件労働協約中の効力延長に関する第三十六条の規定は事情の変更により昭和二十八年六月十八日以前にその効力を失つたので、右労働協約は同年六月十八日限り失効したものである。原被告間に於て、本件統一労働協約締結以後に於て原被告双方共もはや統一労働協約を維持し難い次の如き新事態が発生した。即ち
(イ) 会社側の新事態として、電気事業の再編成により昭和二十六年五月一日、現在の被告会社を含む九電力会社が設立せられたがその後決定指令によつて割当てられた電源の多寡供給区域の広狭電力量の多少等によつて各社の条件経理内容に相違を来しその相違は本件労働協約締結後益々著しくなり、原告組合との間に右労働協約失効後において更に全国的な統一労働条件を含む単一労働協約を締結することは、会社の実態にそぐわない状況となつた。
しかも従来各電力会社の委任を受けて常に原告組合との間に労働協約の締結その他の団体交渉を行つて来た電気事業経営者会議はその機構と性格とを改めるため昭和二十七年十一月二十日新たな規約のもとに電気事業連合会として発足したのであるが右連合会は、経営者会議と異なり、九電力会社の特定の委任ある場合を除いては団体交渉権を有しないものであつて、このことは前述の各社の条件経理内容に著しい相違を来したことと相まち爾後新たに単一労働協約を締結することを至難ならしめるものである。
(ロ) 原告組合側の新事態として、原告組合が電気事業従業員の大部分を組合員として内包する全国的規模の統一労働組合であつたのは過去の姿であつて、各電力会社の従業員の中には昭和二十七年秋の長期にわたる電源スト停電スト等を含む争議行為の在り方に不満の意を表わす者漸次発生し、本件労働協約締結後において益々多きを加え、これらの者が相次いで集団的に脱退して新組合を結成したこと、竝びにその機運が拡大しつゝあつたことは顕著な事実であつて、これら脱退者と原告組合員との比率、竝びに脱退者増加の趨勢は別表第一及び第二に示す通りである。この表によつても明らかな如く原告組合はその統一的基礎を失うに至つたものである。
(ハ) 以上(イ)及び(ロ)の各事情変更の事由によつて、九会社共従来の統一労働協約を維持することが出来なくなつた。それで前述の本件労働協約第三十六条は当然にその効力を失つたものといわねばならない。
(三) 仮りに右規定により協約が延長されたとしても、ユニオンショップ約款はその後原告組合内部に於て脱退者が相次ぎその数が過半数を超えるに至つたから、その存続要件を欠き消滅するに至つた。
労働組合法第七条第一号但書の規定は、直接には、ユニオンショップ約款の成立要件を規定したものであるが、又同時に同条の「労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する」という要件は、同約款の存続要件でもなければならない。
そこで前記協約第四条の所謂ユニオンショップ約款についてその存続要件があるか否かについてみるに、協約発効当時に於ては原告組合員たりし従業員の数が法に定める過半数を制していたが、原告組合が訴外人等の脱退を承認する当時に於ては既に組合員数は過半数を割り従つて前記存続要件を失つた。そこで協約上のユニオンショップ約款は消滅したものといわなければならない。
もつとも、その当時において被告会社の従業員にして原告組合員であつた者の数は同会社の全従業員の数に比すれば過半数を超えていたことは間違いがないけれどもこの約款は昭和二十七年十二月十八日各電力会社を代表する電連と原告組合との間に、統一方式で、締結された労働協約の一箇条であつて、元来一個の協約であるから右協約は九電力会社とこれに対応する組合各地方本部との間に複数存するものとは解せられず、従つて同法第七条第一号但書にいわゆる「特定の工場事業場に雇傭される労働者」とは被告会社に雇用される労働者のみにとどまらず九つの電力会社に雇用される労働者を一括して指称するものと解されるから、原告組合は既に存続要件たる過半数を割つたことになり従つて右約款の効力は失効した。
(四) 仮りにユニオンショップ約款が有効に存続するものとするも、本件脱退者には右約款の適用はない。
(イ) ユニオンショップの約款の強制力は未組織労働者に対してのみ及ぶもので、第二組合を結成せんとするものに対しては右約款の効力は及ばない。
原被告間に締結された労働協約第四条にいわゆるユニオンショップ約款が定められている。
しかし労働者が組合を結成するかしないかの自由組合に加入するかしないかの自由職業選択の自由勤労する自由は憲法の保障するところのものであるから右約款は従業員が従来の組合を脱退して新組合を結成することを望んでいるのにその職場からの追放をまぬかれるために不本意ながら従来の組合の組合員たるの資格を保持することを強制される結果を生ずるものであつてはならない筈である。
そこでユニオンショップ約款の強制力の基礎を団結権の保障という点に求めるかぎり、団結の背景をもたない未組織労働者に対してはその意思にこの程度の強制を加えてでも団結を背景とする組織労働者中に吸収ることがその利益になることであるからこの約款の効力が及ぶと解して差支えはないが、脱退者が新たに第二組合を組成しようとすることを阻止する作用は到底団結権の正当な行使といわれないから、かかる場合にはこの約款の効力は及ばないものである。
(ロ) 事実上分裂と看做されるような集団脱退の場合は右約款の適用はないと解釈されなければならない。
原告組合が主張する訴外人等の脱退につきその理由とするところをみるに彼等は「容共コースをたどる総評の指導方針を盲信的に受け容れる組合幹部の現実を無視した観念的な闘争指導特定政党の支配追随」に抗議して脱退するものである。従つて原告組合と主義主張を異にする者が原告組合が非民主的に運営されているとか、行動面に於て行き過ぎがあるとか、その他分裂を必至とする原因に基づいて脱退したものである。又これを数的に見ても極めて短時日の間に多数の者が集団的に脱退したのである。従つてその性質は事実上の組合分裂と見なされるような当時者が全く予測しない若しくは予測し得ない異常な事態である。
元来労働協約は当事者の合意を要素とするから、当時の環境を背景とし協約当事者において通常予想し得る状態を前提とするものである。従つて協約の解釈も先ず第一に当時者の意図した範囲を探求して合理的にその適用範囲を定めなければならない。然るところ原被告間には本協約が成立に至る過程に於てユニオンショップ約款の解釈につき次のような了解事項があつたものである。即ち本協約はもと中央労働委員会でなされた最初の調停に於て、調停委員会が昭和二十五年八月二十四日提示した調停案の条項をその後労使双方がそのまま受け容れて、締結した協約を殆んどそのまま踏襲してこの協約に至つたものである。その成立の過程において、同年九月八日労使双方が出席の上開かれた第十一回調停委員会において、調停案に関する労使双方の質疑に対する委員会の解明がなされ、その席上、会社側の「協約第四条第二項の『組合に加入しない者及び組合を脱退した者』には集団的に加入しない場合及び集団的に脱退した場合を含むか」という質問に対し、桂委員長は「事実上組合の分裂と見られる場合をこれに含ませるのは無理であろう」と解明した。
これに次いで、同調停委員会は中央労働時報(中央労働委員会事務局監修第一四七号労働協約についての電産争議の調停全容特集昭和二十五年十月五日発行)において調停委員全員の一致した意見として、「云々、然しながら、一般的にはユニオンショップ規定が悪用されて組合内部の紛争に利用され多数派が少数派を排除するため除名した例もあり或いは組合の行き方を不満とするものが集団的に脱退した例もある。このような事実上の分裂と見なされるような事態にこの規定を適用して直ちに解雇せられるべきかは頗る問題があるので、調停委員会では主義主張の異なる為の派閥的争いから事実上の分裂と見なし得る事態が生じた場合にはこの条項の適用はないものと解した」と発表した。原告組合及び被告会社は、右解明及び意見があつたことを知つて何等の異議留保をとどめないで、調停案を受諾したのである。従つてこれはユニオンショップ約款を結んだ当事者の意図が本来右約款は前記解明及び意見の内容をなす事実上分裂と見なされるべき集団脱退には適用しない趣旨であつたことを示す証左に外ならない。
しかもかかる場合にユニオンショップ約款の効力が及ぶと解するときは使用者はこれによる解雇のために事業機能を停止せしめざるを得なくなり、使用者にとつて著しく不公平な結果となり、そのような協約は被告会社としても本来締結し得ないものであることは明らかである。
右協約は昭和二十六年十月二十八日と同二十七年十二月十八日にそれぞれ改訂をみたが、ユニオンショップ約款を定めた前記第四条の組合の保障に関する規定は何等の変更を加えられることなくそのまま存続しているから、右了解事項もこれを変更しなければならない特別の事情は発生していない。そこでこの事情は改訂協約の解釈についてもそのまま当てはまる。従つて右約款は前記の如き事実上分裂と見なされるような集団脱退をなした本件脱退者には適用がない。
(五) 仮りに然らずとするも、本件労働協約は当事者の合意にもとずく契約たる性質をもつことは勿論であつて、その中ユニオンショップ約款は協約の債務的部分に属する。而して協約第四条第二項に規定する「会社は‥‥‥‥組合を脱退した者はこれを解雇する」との文言はこの趣旨を示すものであつて、被告会社は原告組合を脱退する者があるときは原告組合の要求にもとずきこれ等の者を解雇すべき債務を負うにとどまる。しかるに右協約は有効期間が経過し既に無協約となつたから原告組合は最早右協約に基いて脱退者の解雇を請求することができなくなつたものである。仮に然らずとするも爾後昭和二十九年四月一日原告組合と被告会社のみとの間で個別的な新協約が成立し、右協約において新たにオープンショップ制が採用されるに至つた。
従つてユニオンショップ制のもとにおいては、原告主張のような解雇請求権が発生しそれが何等の影響をも受けず存続したとしても、それがオープンショップ制となつた現在なおその履行を求めることは全く自己矛盾の状態を生ぜしめる無意味なものであつてこれを強要せんとする原告の請求は権利の濫用に外ならない。
第五、被告の抗弁に対する原告の反ばく
(一) 脱退承認の効果に関する抗弁に対して
本件脱退に関する権限の委譲は包括的ではなく一部的であると解すべきこと既述のとおりであるから抗弁(イ)は失当である。又抗弁(ロ)の原告が脱退を理由あるものと認めたこと及び解雇請求権を抛棄したことになるということはこれを否認する。
(二) 労働協約の有効期間経過による失効の抗弁に対して
(イ) 別表第一のうち北海道、北陸、中国、四国の組合員総数欄電産欄企業別欄の各数字、別表第二のうち北陸の組合員総数欄電産欄企業別欄の各数字を認め、その余の事実を否認する。
(ロ) この労働協約は原告組合と九電力会社各自との間並びに原告組合と電連との間の合計十個の労働協約が統一方式により一箇の統一労働協約の形式で締結されたものであるから、右統一労働協約の効力は以上各別の当事者間に於て発生しているものであつて、仮りに原告組合と或る電力会社との間に於て協約の効力を維持し得ないような被告主張の如き事情変更の事由が生じても、そのような事情のない被告会社と原告組合との間に於ては右協約は尚存続すべきものであるから、被告主張の如き事情変更による協約条項の失効は生じない。
(三) ユニオンショップ約款は効力存続要件を欠き消滅したとの抗弁に対して
(イ) 労働組合法第七条第一号但書の規定は本来ユニオンショップ約款の成立要件を定めた規定であつて効力存続要件に関するものではないと解すべきであるから被告の抗弁は失当である。
(ロ) 仮りに右規定をユニオンショップの成立要件のみならず効力存続要件をも定めたものと解しても、右但書に定める「特定の工場事業場」の字句の適用に関しては各個の電力会社毎に特定の工場事業場の意義を定むべきであつて、九電力会社を一括したもの即ち全国に亘る工場事業場を以て「特定の」工場事業場と解することはできない。従つてこのような観点に立つて中国電力株式会社に雇傭されている従業員につきみれば、原告組合が本件脱退者の脱退を承認し会社に解雇を要求した当時、若しくは協約の延長期間満了当時のいずれに於ても、原告組合の組合員たる従業員数は尚被告会社全従業員数の過半数を占めているものであつて、右約款は尚存続要件をみたして有効であつたといわなければならない。
(四) ユニオンショップ約款が適用されないとの抗弁に対して
(イ) ユニオンショップ約款による組織強制は憲法第二十八条の団結権の保障の規定により保障されて居り且労働組合法第七条第一号但書の規定により法律上も認められた権利であるから、協約当事者が合意にもとづき協約中に右の制度を内容とする定めをすれば完全にその約旨に従つた効力を発生するものである。従つて同約款は労働者の結社の自由、職業選択の自由、等の自由権、及び勤労権との兼合上、その拘束力の及ぶ範囲は未組織労働者のみに限り本件脱退者には及ばないとする被告の主張は失当である。
(ロ) 本件脱退者の脱退は質的にも量的にも決して被告会社が予測し得なかつた事実上の組合分裂と見られるべき異常な事態でもなく協約第四条第二項はかかる脱退者をして従業員たる身分を失わしめることを予定した約款である。
被告は右協約の成立過程に於て原被告間に右約款が事実上の組合分裂とみなされるような場合には適用されないとする旨の特別な了解事項が存したと主張するが本件脱退の場合は事実上の組合分裂とみなされるような特異な事態ではないばかりか被告の主張する如き中央労働委員会調停委員会に於ける解明は調停の一部をなすものではないから、原告は右の解明には拘束されず、上記の如き約款の客観的な文言によつてのみ拘束され、従つて本件脱退者には右約款は適用される。
(五) ユニオンショップ約款の債務的効力と権利濫用の抗弁に対して
原告組合が被告会社に対して解雇要求をなした時はユニオンショップ制をとつていた原被告間の旧労働協約の有効期間中であつた。従つて右解雇要求は適式になされたものであるから、その後右協約が有効期間の満了により失効し現在ユニオンショップではないと言うだけで既に発生した被告の解雇債務は消滅するものではない。しかも現被告間に現に締結されている協約もショップ条項に関する限りに於ては特に協約に定めを置かなかつたのであつて、これについては労使間に目下交渉中のものである。その理由は原告側としてもショップ条項の協定ができないだけのために労働協約全体が締結されないまま長期間無協約状態に置くと言う訳にはいかないのでこの点については一応後に譲つてその他の点につき協定が成立したものを昭和二十九年四月一日原被告間の新協約として作成したもので、勿論原告側としてはこれによりオープンショップを認めたものではないから、既存の解雇請求権を行使することに何等の矛盾はなく、従つて正当な権利の行使であつて濫用の事実はない。
第六、証拠方法
原告訴訟代理人は、
甲第一二号証、尚第三号証の一乃至四、同第四号証の一(イ)乃至(ヘ)同号証の二(イ)乃至(チ)同第五号証の一乃至十八、同第六号証乃至第十三号証を提出し、
証人藤田進、同野村平爾、同磯田進、同小川照男、同筒井時雄の各証言を援用し、
乙第一、二号証及び同第五号証の成立を認め同第三、四号証の成立は不知、同第五号証中第三条附帯の覚書事項を利益に援用すると述べた。
被告訴訟代理人は、
乙第一号証乃至第五号証を提出し、証人桂杲、同石亀力、同平井寛一郎、同藤田友次郎、同谷川潔、同森本勇、同岸田悟の各証言を援用し、
甲第一、二号証、同第三号証の一乃至四の各原本の存在及びその成立、同第四号証の一(イ)乃至(ヘ)同号証の二(イ)乃至(チ)、同第五号証の一乃至十八同第六号証竝びに同第八号証乃至同第十一号証の各成立を認め同第七号証及び同第十二号証は不知、同第十三号証はそれが原告側において発行されたという事実のみ認める、同第五号証の一乃至十八中「今般中国電力労働組合に加入致しますので脱退します」との記載事項、及び同第六号証をそれぞれ利益に援用する。と述べた。
理由
第一、当事者間に争いのない事実
原告組合が電気事業に従事する労働者で組織する全国単一組織の労働組合であり、被告会社が中国五県を供給区域として電気事業、電気機械器具の製造販売並びにこれに附帯関連する事業を営むことを目的とする株式会社であること、昭和二十七年十二月二十八日原告組合と被告会社を含む全国九電力会社及び電連との間に労働協約が締結されたこと、右協約の有効期間が六ケ月と定められており且つ右協約第三十六条にこの協約の全部又は一部の改訂の申入れがあり交渉が続行されている間は三ケ月を限りこの協約の効力を延長するものとする旨の定めがあつたこと、右協約第四条に「会社は従業員であつて組合に加入しない者組合を脱退した者及び組合から除名された者はこれを解雇する」という規定のあること、原告組合の組合規約第七十一条乃至第七十四条にこの組合から脱退したいときはそのこととその理由を中央執行委員長に申出づべく同委員長はこの申出を中央執行委員会の議に付し同委員会においてこれ承認したとき脱退の効力を生ずる旨及び中央執行委員会は脱退に関する権限の一部を下の執行委員会に委せることができる旨定められていること、本件脱退者は従来原告組合の組合員であつたが、それぞれ別紙目録記載の日に脱退「今般中国電力労働組合に加入しますので脱退します」旨理由を記載した脱退届を原告組合中央執行委員長宛に提出したこと、原告組合は昭和二十八年九月二日被告会社に対し、本件脱退者を被告会社の従業員として待遇することを廃止するよう求めたが被告会社がこれに応ぜず依然としてこれらの者を雇傭していること、原告組合が昭和二十八年九月二日被告会社に対し本件脱退者に対する法定手続による解雇措置を講ずるよう請求したが被告会社がこれに応じないことはそれぞれ当事者間に争いがない。
第二、主たる請求に対する判断
よつて先ず主たる請求につき審究する。
原告は前記労働協約第四条の規定の趣旨は被告会社従業員が原告組合に加入しないとき原告組合に属する個々の従業員が組合を脱退し又は除名されたときは何らの意思表示を要せず当然に被告会社の従業員たる身分を喪失するにある旨主張するからこの点につき考えるに、右条項において「組合を脱退し……た者は当然に従業員たる身分を失う」「組合を脱退し……た者は当然に解雇されたものとする」という表現をしないで「会社は……組合を脱退し……た者はこれを解雇する」という表現の仕方をしていること、及び労働協約は協約当事者双方の合意に基き原則としてそれに沿う効果を生ずる法律行為であるという意味において一種の契約に属するというべきであるのに、原告主張の協約解釈によれば契約当事者たる原告及び被告の間だけでなく第三者である原告組合所属の個々の組合員に対し身分喪失の効果を発生せしめる結果となり、契約法の一般理論に従いその条項は無効となるに至るところ、(右条項は労働組合法第十六条にいわゆる「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」に該当するとは解し難いので同条の規定に基き右条項の効力が個々の組合員に及ぶということは有り得ない)およそ契約条項はなるべく有効になるように解釈すべきであるという原則からみて、右協約条項は原告主張のような趣旨ではなく、従前組合員であつた従業員又は組合員たるべき従業員が脱退又は除名により組合員でなくなり又は組合員となることを拒んだときは、被告は労働基準法に定める手続に従いこれら従業員を解雇すべき債務を原告に対し負担するに至り原告は被告に対しその履行を求め得るという、原被告間の債権関係を設定する趣旨(いわゆる債務的効力)であると認むべきである。
よつて右労働協約条項の趣旨が組合員の脱退除名等により当然に当該組合員が被告会社従業員たる身分を失うというにあることを前提とする原告の主たる請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべきある。
第三、予備的請求に対する判断
次で原告の予備的請求につき審究する。仮に原告の請求原因として主張する事実が全部認められるとすれば被告に原告主張のとおり本件脱退者等の解雇義務が生じたということができる。しかし昭和二十七年十二月十八日右労働協約が締結せられその有効期間が六ケ月と定められていたが特定の場合に三ケ月を限りこの協約の効力を延長する旨の定めがあつたことは前記のとおりであるから右効力延長の原由たる事実が存在する限り右協約は昭和二十八年九月十八日まで効力を有したといえるけれども、更にそれ以上に協約の効力が延長せられたという何らの主張がないから、右協約は遅くとも同日限り失効したものといわねばならない。
而して前記労働協約第四条の条項がいわゆるユニオンショップ約款に属するものであることは同条項の文言自体により明白であるが、およそユニオンショップ約款は、労働組合が自己の組織強制に従わない者に対して本来使用者の経営権に属する解雇の効力をかりて、心理的にも実質的にも組合秩序の維持を強制し、使用者もかかる組合の秩序維持について企業上の利益を期待して、暫定的に、協約の有効期間を限り、その間の組織を乱す者に対して経営権上の協力を約束する趣旨のものであるから、労働組合が右約款に基いて使用者に対し組合員たる身分を失つた者の解雇を要求し、これを強制せしめ得るのは協約の有効期間中に限られるものであつて使用者において労働組合の解雇請求に応ぜず日時の経過と共に協約が失効したときは労働組合は使用者に対し債務不履行による損害賠償を請求するは格別とし最早解雇を請求することは、できなくなるものと解するを相当とする。而して本件協約が遅くとも昭和二十八年九月十八日を以て失効したこと前記のとおりであるから、たとえそれ以前に原告組合が被告会社に対して本件脱退者に対する解雇請求権を行使したとしても、右協約の失効した現在においては原告組合は被告会社に対して右解雇義務の履行を求め得なくなつたものといわねばならない。従つて被告の解雇義務の存在を前提とする原告の本件予備的請求は爾余の一切の争点の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 柴原八一 柚木淳 林田益太郎)
(別紙省略)